

AIが文章を書き、コードを書き、デザインする。自動化が進む世界で、「つくる」という行為の意味はどこへ向かうのか。その問いを正面から引き受けた社会人向け学習プログラム「makers Unlearn 2026(mU)」が2026年7月、山梨県立大学とTechnel合同会社の共同開発により開講した。
哲学、人類学、デザイン、エンジニアリング、社会実装を横断する全12科目・210時間という規模のカリキュラムを、甲府を拠点に活動する技術哲学者・七沢智樹さんが中心になって設計したという。

七沢さんがこのプログラムで問い続けているのは、ひとつの疑念だ。私たちは本当に「自分たちで選んだ未来」を生きているのか——という問いである。
「AI、ロボット、宇宙開発、生命技術などについて語られる未来は、一見すると非常に新しく見えます。しかしその多くは、SFや国家戦略、巨大企業のロードマップの中で、すでに何度も描かれてきたものです。私たちは未来を自由に想像しているつもりで、実際には、誰かがあらかじめ描いた未来の中から選ばされているのではないか。私はそれを『飼い慣らされた未来』と呼んでいます」
技術哲学は、技術を便利か危険かという二択で評価する学問ではない。技術とは何か、技術によって人間や社会、自然との関係がどのように形づくられているのかを根源から問い直す学問だと七沢さんは言う。makers Unlearnはその問いを社会人教育として体系化した試みだ。
さらに七沢さんは、現在のAIが特定の技術観に基づいていることを指摘する。「現在のAIは、世界を情報として捉え、計算可能なものへ変換し、予測し、制御し、最適化していくという、西洋近代に由来する特定の技術観があります。もちろん、それは非常に強力な技術です。一方で、それだけが人間と技術の唯一の関係ではありません」。AIを使いこなすスキルを身につけるだけではなく、「AIを使いこなさなければならないという土俵そのものから降りる」ことをまず問うのが、このプログラムの出発点だ。

甲府在住のフィールドワーカーでもある七沢さんに、山梨という場所の意味を問うと、こう答えが返ってきた。
「山梨では、つくることが産業だけに閉じていません。暮らすこと、食べること、働くこと、地域を維持することとつながっています。東京のような大都市では、生きることが消費することに置き換わりやすい。しかし山梨では、畑を耕す、家を直す、道具をつくる、地域の仕事を手伝うという行為が、まだ日常の中に残っています」
富士吉田の織物、甲州印伝、宝飾、ワイン——山梨には、地域の風土や歴史に深く根を張りながら世界へ届いているものが多い。七沢さんはそこに可能性を見ている。「シリコンバレーや巨大都市の未来像を地方が遅れて受け入れるのではなく、山梨の風土や身体、産業、暮らしから、異なる技術のあり方を提案する。ローカルに深く根を張るからこそ、世界に対して独自の価値を発信できると考えています」
こうした動きは大学やプログラムにとどまらない。山梨県は2024年11月、「デザインの力で山梨をしなやかに美しく」を理念に掲げる「山梨デザインセンター」を甲府市内に開設。多摩美術大学教授の永井一史さんがセンター長を、プロダクトデザイナーの深澤直人さんや柴田文江さんが参画し、政策・産業・地域の3領域でデザイン思考の実装を推進している。県が「デザイン先進県」を掲げ、大学が「AI時代のつくり手育成」を始める——山梨では今、「つくる」をめぐる複数の動きが同時に動き出している。

技術哲学、技術史、未来学、デザイン、人類学、AI、ものづくり、森での実践。七沢さんがこれまで研究し、活動し、出会ってきたものを一つずつ並べていくうちに、結果として全12科目・210時間、50名を超える講師が参加するプログラムができあがった。
しかし設計中、七沢さんはいくつもの葛藤を抱えていたという。「何度も『これは大きすぎるのではないか』『誰が受講するのか』と思いました。普通の社会人講座として考えれば、もっと内容を絞り、分かりやすいスキルや効果を前面に出した方がよい。しかし、それではAI時代に本当に必要な学びにはならないという確信もありました。短期的な分かりやすさを選ぶのか、それとも、いま必要だと思うものを妥協せずにつくるのか。その葛藤はずっとありました」
そのとき、プログラムのコンセプト設計に参加したNext Commons LabファウンダーでLocalCoopを構想する林篤志さんが、「未開の未来へ」という言葉をつけてくれた。「自分の中には、『決められた未来に向かうのではない』『まだ名前のない未来を自分たちでつくる』という考えがありました。しかし、それを一言で表す言葉を見つけられずにいました。『未開の未来へ』と聞いた瞬間、これまで考えてきたこと、研究してきたことが、一つの言葉に結晶したように感じました」
「未開」とは、遅れているとか開発されていないという意味ではない。誰かによってすでに区画され、定義され、利用されていない——まだ誰のものでもない未来へ向かうこと。その言葉によって、このプログラムが単なる講座ではなく、一つの文化を立ち上げる試みであると七沢さん自身も改めて確信した。

プログラムの説明会の様子はYouTubeでアーカイブ公開されている。

カリキュラムは4段階で構成されている。第一線の専門家とともに未来のものづくりを見通し(STEP1)、技術の哲学・歴史・人類学を通じて根源に遡り(STEP2)、「つくる」を再定義し(STEP3)、「未開の未来」を自分の現場でプロトタイプし実装する(STEP4)。
実地研修のラインナップは独特だ。縄文時代の道具づくりを体験する「原初技術実践」、山梨の森で2日間合宿する「森で考える」、そして西表島のジャングルでの狩猟採集的滞在を行う「Techキャンプ」。なぜここまで身体的な実践にこだわるのか。七沢さんはこう語る。「知識だけでは、人間の前提はなかなか変わらないからです。自分で火を起こし、石や木や土に触れ、森の中で食べられるものを探すと、そのことが身体的な実感になります。都市の机の上で考え続けているだけでは、結局、都市や既存産業の延長線上にある未来しか想像できない。異なる環境に身を置き、異なる身体感覚を取り戻すことで、初めて異なる未来を構想できます」
受講料は9万円(税込)。U25割・山梨県民割(出身・在住・通勤)があり、科目単体の履修は1万8000円から。7月6日に第1科目「テクノロジーの未来学」が始まり、2027年3月まで順次開講する。オンライン講義はすべてアーカイブ配信されるため、忙しい社会人でも自分のペースで受講できる。
詳細・申込:https://makers.yamanashi-ken.ac.jp/mu/
makers Unlearn 2026は、2028年4月の開設を目指す「メイカーズ学科」の教育モデルを社会人向けに先行実践するプログラムでもある。WIRED日本版編集長でメイカームーブメントの伝道者でもある松島倫明さんがこの6月に山梨県立大学の客員教授に就任し、デジタルファブリケーション・機械系・情報系を中心とした教員公募も始まった。
「地方の公立大学は、地域社会と制度的にも地理的にも近い存在です。地域の課題を外から分析するのではなく、自治体、企業、職人、農家、市民とともに、実際に手を動かしながら考えることができます。地方だから最先端から遠いのではなく、地方だからこそ、技術が暮らしや自然、共同体に与える影響を具体的に捉えられる」と七沢さんは語る。

6月20日には、山梨県立大学飯田キャンパス講堂で開講記念イベント「地方からAI時代の『つくる』を問い直す」が開催された。松島倫明さんによる基調講演「メイカームーブメントの過去・現在・未来」を軸に、山梨県立大学副学長・杉山歩さん、Next Commons LabファウンダーでLocalCoopを構想する林篤志さん(山梨県立大学特任准教授)、アーティストの長谷川愛さん(山梨県立大学教授)と七沢さんによるパネルディスカッションが行われた。申込不要・無料という形式にもかかわらず、「地方からつくる意味」を問う場に集まった参加者で講堂は埋まった。

七沢さんは山梨で始めるこの試みについてこう語った。
「AI時代には、最新のツールを使えることも大切です。しかし、それだけでは、誰かが用意したゲームの中で少し有利になるだけかもしれません。本当に必要なのは、そのゲームのルール自体を問い直し、自分たちの場所から別の未来をつくる力です」
「山梨で企業を経営している方、地域づくりに携わる方、ものづくりをしている方には、すでにそのための現場があります。makers Unlearnで得られるのは、すぐに古くなる一つのスキルではありません。技術や社会の前提をほどき、自分の現場から問いを立て、まだ存在しない選択肢を形にするための視座です」
「未来は、東京やシリコンバレーから与えられるものではありません。山梨の企業や地域、暮らしの中からもつくることができます。ぜひ、未来を待つ側ではなく、未来をつくり直す側に来ていただきたいと思います」
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甲府経済新聞より
甲府経済新聞では、山梨県立大学とTechnel合同会社によるmakers Unlearn 2026の取り組みにフォーカスしていきたい。「山梨から問い直す」という視点で、「多彩な講師陣とともに、『つくる』を再定義する」というこの取り組みが、広域甲府圏の知的風景を豊かにしていくことに期待しています。 関連リンク |